個人情報保護法改正案とは、AI開発や統計作成を目的とする場合に限り、病歴や信条など「要配慮個人情報」の第三者提供・取得を本人の同意なしに認める規制緩和を柱とした法改正案です。2026年7月8日に参議院の特別委員会で賛成多数により可決され、近く本会議で成立する見込みとなっています。国産AIの競争力強化という政府の狙いと、医療情報の流出を懸念する医師団体や国民の不安が、真っ向からぶつかっています。
この記事でわかること
- 改正の核心: 病歴・信条・人種などの要配慮個人情報が、AI開発・統計作成の目的なら本人の同意なしで第三者提供・取得できるようになります。
- 最大の論点: 氏名などの識別子を削除する義務が条文上あいまいで、機微情報が識別可能なまま流通しかねない「抜け穴」が指摘されています。
- 施行時期: 公布から2年以内(2028年まで)に段階的に施行される予定で、医師団体や医療情報の専門家が強く反対しています。
参院特別委で可決、近く成立の見通し
2026年7月8日、参議院の特別委員会で個人情報保護法の改正案が与党などの賛成多数により可決されました。同案は同年5月26日にすでに衆議院を通過しており、近く参院本会議で成立する見通しです。
朝日新聞をはじめとする各社が可決を速報し、X(旧ツイッター)上でも大きな反響が広がりました。医師団体の投稿は150万件を超えるインプレッションを集めるなど、成立が視野に入った段階で世論の関心は一気に高まっています。
改正案の中心にあるのは、AI開発や統計作成を目的とする場合に、病歴などの要配慮個人情報を本人の同意なしに扱えるようにする規制緩和です。高市政権が掲げる国産AIの競争力強化を後押しする狙いがある一方、プライバシー保護の観点から反対論が噴出しており、成立目前の今も議論は収束していません。
何がどう変わるのか|要配慮個人情報が「同意なし」でAI開発へ
今回の改正で最も大きく変わるのは、「要配慮個人情報」の扱いです。要配慮個人情報とは、病歴・遺伝情報・犯罪歴・人種・信条など、取り扱いに特に慎重さが求められる機微な情報を指します。現行法では、これらを第三者に提供したり取得したりする際は、原則として本人の同意が必要でした。
改正案では、利用目的をAIモデルの学習・開発や統計の作成に限定する場合に限り、この本人同意を不要とします。あわせて、悪質な違反を行った事業者に対しては課徴金を科す制度も新設されます。現行法と改正案の違いを整理すると、次のようになります。
| 比較の観点 | 現行法(改正前) | 改正案(改正後) |
|---|---|---|
| 病歴などの取得・提供 | 原則、本人の同意が必要 | AI開発・統計目的なら同意不要 |
| 対象となる情報 | 病歴・遺伝情報・犯罪歴・人種・信条など | 同左(要配慮個人情報) |
| 違反への制裁 | 是正勧告・命令が中心 | 課徴金制度を新設 |
つまり、これまで本人の許可が前提だった機微情報が、AI開発という「目的」を掲げれば同意なしで動かせるようになる、というのが今回の改正の骨格です。国産AIの学習データ不足を解消したい政府の産業政策と、その代償として差し出されるプライバシーとの綱引きが、そのまま制度に表れています。
Q. 個人情報保護法改正案では、具体的に何がどう変わるのですか?
A. これまで本人同意が必要だった病歴・信条・人種などの要配慮個人情報を、AI開発や統計作成の目的に限り、本人の同意なしに第三者提供・取得できるようになります。あわせて悪質な違反への課徴金制度も新設されます。
なぜ問題視されるのか|病歴・医療情報と「抜け穴」
反対論の中心にあるのが、条文の「抜け穴」への懸念です。制度上、機微情報をAI学習に使う際には氏名や住所などの識別子を取り除くことが望ましいとされますが、その削除を義務づける規定が条文上は明確でない、という指摘が浮上しています。識別子が残ったままの状態で事業者間をデータが移動しうる、というのが批判の核心です。
下の図は、あなたの要配慮個人情報が、同意を挟まないまま事業者を経て第三者(AI開発者や研究機関)へ渡りうる流れを示したものです。
とりわけ強い懸念が示されているのが、医療情報です。がんの診断歴のような極めてデリケートな情報までが、AI開発を名目に本人の知らないところで提供されうる、という点に批判が集まっています。国会でも、医療情報のAI利用や「抜け穴」の危うさをめぐって質疑が交わされました。次の動画では、参院本会議での実際の質疑の一端を確認できます。
過去にはマイナンバーをめぐる情報流出の疑いも取り沙汰されており、行政や事業者による個人データの管理そのものへの不信が根強く残っています。関連する論点は「マイナンバー流出疑惑|年金機構隠蔽と現金給付の不安の全貌」でも整理しています。
Q. 病歴や医療情報も、本当に同意なしで提供の対象になるのですか?
A. はい。病歴・遺伝情報・犯罪歴などが対象に含まれ、がんの診断歴などがAI開発を名目に本人の同意なく提供されうる点が、医師団体などから強く懸念されています。
Q. 指摘されている「抜け穴」とは、具体的に何を指すのですか?
A. 生データから氏名・住所などの識別子を削除する義務が、条文上あいまいな点を指します。この結果、識別可能な機微情報がそのまま事業者間を移動する余地が残る、と批判されています。
政府の説明と、問われる「性善説」的なデータ観
政府は、こうした懸念に対して「AIは個人を識別するのではなく学習させるものだ」という立場を取っています。所管する松本デジタル相は、2026年6月5日の記者会見で、医療データからの識別子削除の難しさについて具体的に説明しました。CT画像を例に挙げ、「1回撮った画像で50枚ぐらいあり、1枚1枚の右端に名前が出ている。1枚1枚を削除していくのは大変な作業だ」としたうえで、「画像だけを見せてAIに学習させ、残ったものは確実に破棄する縛りをかける」と述べています。松本氏は医師でもあり、現場の実務を踏まえた説明ではありますが、削除の義務化そのものには否定的な姿勢を示した形です。
ここで想起されるのが、高市首相が総務大臣だった時代のデータ利活用観です。高市氏は2016年4月19日の衆議院総務委員会で、事業者がデータの中身を見せないまま利用を進める構図について、「性善説に立って、自分のところで正しく使います、法律に基づいてやっているから信用してください、でも、具体的な中身は見せませんよ、ということになっている」と、その問題点を指摘していました。
(編集部分析)今回の改正案をめぐり、高市首相が「性善説に基づく」と発言したという情報がSNS上で拡散していますが、これは2016年当時の発言と現在の議論が混同されている可能性が高いと見られます。むしろ当時の高市氏は「中身を見せずに信用を求める」構図を問題視する側でした。事業者の善意を前提に機微情報の利活用を広げる今回の制度設計は、かつて本人が疑問を呈した「性善説」の構図に、政府自らが乗り出す形になっているとも読めます。事実に基づいた冷静な検証が求められる論点です。
反対の声とX世論|医師団体・専門家・SNSの動き
反対の声は、専門家や当事者団体から相次いでいます。全国保険医団体連合会(保団連)は7月8日の委員会採決に抗議し、「病歴など要配慮個人情報の本人同意なき利活用は、患者と医師の信頼関係を壊す大改悪だ」と批判しました。この投稿はX上で約5万3千の「いいね」、約150万のインプレッションを集めています。
日本医療情報学会も、「データの安全管理が法的に担保されておらず、国際的な信頼を失うリスクがある」との意見書を提出。医療情報の活用に詳しい専門家からは、「かえって国民の信頼を損ね、データ流通を阻害しかねない」との懸念も伝えられています。大学教員で哲学者の佐々木中氏は、「明白に憲法違反ではないのか」とX上で問題を提起しました。X上では「#個人情報保護法改正に反対します」といったハッシュタグも拡散しています。
(編集部分析)注目すべきは、素材として確認できた範囲では、この改正に明確に賛成する世論がほとんど見当たらない点です。国産AIの育成という目標自体には一定の合理性があります。しかし、その手段として国民の同意を外し、安全管理の担保も事業者任せにするのであれば、信頼を土台とするデータ社会そのものを掘り崩しかねません。目的の正しさと手段の乱暴さは、切り分けて評価する必要があります。
国家によるデータ集約や監視強化への警戒は、これまでも繰り返し噴出してきました。同様の構図は「国家情報会議設置法案とは何か|参院採決の行方とSNS反対運動の論点」でも詳しく解説しています。
Q. なぜここまで反対の声が強いのですか?
A. 医師団体や医療情報学会が、患者と医師の信頼関係の破壊、情報漏洩リスク、国際的な信頼の低下を理由に抗議しているためです。憲法違反ではないかという問題提起も出ています。
いつ施行される?今後の展望と私たちにできること
改正案は近く成立する見込みで、施行は公布から2年以内、すなわち2028年までに段階的に行われる予定です。成立後は、識別子の扱いや安全管理の基準を定める政省令・ガイドラインの整備が焦点になります。(編集部分析)「抜け穴」と批判された部分が、この下位ルールでどこまで実質的に塞がれるかが、制度の評価を左右します。
私たち一人ひとりにできるのは、まず自分の機微情報がどのような目的で使われうるのかを正しく知り、制度の運用を監視し続けることです。感情的な拡散に流されず、事実に基づいて是々非々で議論を続ける姿勢が、信頼できるデータ社会をつくる土台になります。
📌 この改正がどんな経緯で衆院を通過したのか、その原点を知りたい方はこちら
→ 個人情報保護法改正案が衆院通過|同意なし収集・課徴金制度の中身を解説
個人情報保護法改正案のよくある質問
最後に、本編では触れきれなかった周辺の疑問をまとめます。
Q. 個人情報保護法改正案はいつ成立・施行されるのですか?
A. 2026年5月26日に衆院を通過し、7月8日に参院特別委員会で可決、近く本会議で成立する見込みです。施行は公布から2年以内(2028年まで)に段階的に行われる予定です。
Q. なぜ政府はこの改正を進めるのですか?
A. 高市政権が国産AIの競争力強化と学習用データ不足の解消を狙う産業政策の一環です。政府は事業者の適切な運用を前提に、問題は生じないとの立場を示しています。

