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【8/21】不敬罪は復活するのか|皇族への中傷と刑法232条2項の穴

【8/21】不敬罪は復活するのか|皇族への中傷と刑法232条2項の穴

2026年8月21日朝、毎日新聞が「読む政治」で「不敬罪が復活? 皇室の保護巡り保守系議員に広がる動き」と報じた。7月17日に改正皇室典範が成立して以降、皇族を誹謗中傷から守るための法整備を求める声が保守系議員の間で広がっている、という内容だ。SNS上では「不敬罪の復活だ」という反発と「いわれなき中傷を放置するほうが異常だ」という賛成が真っ向からぶつかっている。だが、この議論を正確に追うには、まず「いまの法律で皇族はどこまで守られているのか」を知る必要がある。答えは「一部は守られていて、一部は完全に空白」である。

この記事でわかること

  • 「皇族保護法」という法律はまだ無い:報じられているのは法整備を求める動きであり、法案も成立した制度も現時点では存在しない。
  • 刑法232条2項はすでにある:天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇嗣の5身位に限り、内閣総理大臣が代わって告訴できる仕組みが戦後からずっと存在する。
  • 穴はその外側にある:5身位に当たらない皇族には代理告訴の規定が及ばず、10月24日施行の改正皇室典範で皇族の範囲が動くため、空白はさらに広がる。
目次

何が報じられたのか|「皇族保護法」という法律はまだ存在しない

報じられたのは法整備を求める動きであって、法律でも法案でもない。8月21日時点で「皇族保護法」という名の制度は存在しない。

報道の中身

毎日新聞は8月21日午前7時、保守系議員の間で刑法の名誉毀損規定を見直す声が出ていると報じた。

記事は8月21日午前7時に「読む政治」として配信された。改正皇室典範が成立した7月以降、皇族と、養子縁組によって新たに皇族となる旧宮家の男系男子を誹謗中傷から守るべきだとして、刑法の名誉毀損罪の規定を見直すよう求める声が保守系議員の間で出ていると報じた。議論の焦点はSNS上の虚偽情報と中傷への対応であり、専門家からは戦前の不敬罪との連続性を懸念する指摘が出ている、というのが報道の骨格である。

確認できていないこと

自民党が皇族保護のプロジェクトチームを設置したという情報は、報道各社の記事として確認できていない。

SNS上ではこの情報が拡散しているが、本稿執筆時点で一次の報道に当たらない。同様に、特定の議員が「皇族を批判したら逮捕すべきだ」と述べたとする要約も、一次の報道で裏を取れていない。本稿はSNS上の投稿を出典に用いず、確認できた報道と国会の公式資料、条文のみで構成する。

Q. 「皇族保護法」はいつ国会に出るのですか。

A. 提出時期は決まっていません。2026年8月21日時点で法案の骨子も条文案も公表されておらず、報じられているのは党内・議員個人のレベルで法整備を求める声が出ているという段階です。

では、その「守られていない」とされる現状は、法律上どうなっているのか。次に条文を見る。

なぜ皇族は訴えられないのか|名誉毀損罪と侮辱罪は親告罪

名誉毀損罪も侮辱罪も親告罪であり、被害者本人が告訴しなければ検察は起訴できないからである。

親告罪とはどういう仕組みか

親告罪とは、被害者本人が告訴しなければ検察が起訴できない犯罪のことである。

刑法230条の名誉毀損罪と刑法231条の侮辱罪は、刑法232条1項によって「告訴がなければ公訴を提起することができない」と定められている。どれほど悪質な投稿であっても、被害者本人が「訴えます」と意思表示しない限り、警察や検察が独自に立件して裁判にかけることはできない。これは被害者のプライバシーを守るための仕組みで、裁判になれば中傷の内容そのものが法廷と報道で再び広がってしまうため、その判断を本人に委ねているのである。

なお侮辱罪は2022年7月7日施行の改正刑法で厳罰化され、それまでの拘留・科料から、1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金へと引き上げられた。公訴時効も1年から3年に延びている。ネット上の中傷に対する国の姿勢そのものは、この4年で明確に強まっている。

皇族は自ら告訴できるのか

制度上は可能だが、政治的な行為を避ける立場との両立が難しく、現実にはきわめて困難である。

天皇と皇族は憲法上の象徴および皇位継承に関わる立場にあり、政治的な行為や私人としての争訟を避けるのが慣行だ。皇族が自ら警察署に出向いて告訴状を出し、法廷で被害を訴えるという姿は、その立場と両立しない。参議院に提出された請願も、まさに「私人としての告訴が困難である」という一点を制度の欠陥として挙げている。

現行制度が誰をどこまで守っているのかを、身位ごとに整理すると次のようになる。

対象 名誉毀損・侮辱への告訴 根拠 実際に機能しているか
一般の国民 本人が告訴する 刑法232条1項 機能している
天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇嗣 内閣総理大臣が代わって告訴する 刑法232条2項 規定はあるが行使例が公にされていない
上記以外の皇族 代理告訴の規定なし 制度上の空白 刑事手続が事実上動かない
外国の君主・大統領 その国の代表者が代わって告訴する 刑法232条2項 規定あり

表の3行目、「上記以外の皇族」の欄が空白になっている点が、今回の議論の実質的な出発点である。

刑法232条2項はすでにある|総理が代わって告訴できる5身位

戦後の刑法にも代理告訴の規定は残されており、対象は天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇嗣の5身位に限られている。

条文が守っている範囲

守られているのは天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇嗣の5身位だけで、それ以外の皇族には及ばない。

条文はこう定める。告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后または皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主または大統領であるときはその国の代表者が、それぞれ代わって告訴を行うと定めている。1947年に不敬罪が削除された際、「皇室を特別扱いする罪」は消えたが、「本人が告訴しにくい立場の人に代理告訴を認める」という手続の特則だけは残された。つまり戦後の立法者は、皇族が私人として告訴することの困難を認識したうえで、実体法ではなく手続法で対応する道を選んだのである。

この規定が誰を守り、誰を守っていないかを図で示す。

刑法232条2項が届く範囲と、届かない範囲届く:天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇嗣内閣総理大臣が本人に代わって告訴できる(規定はあるが行使例は公にされていない)届かない:上記以外のすべての皇族代理告訴の規定がなく本人告訴も現実的でない=刑事手続が事実上動かない空白地帯2026年10月24日の改正皇室典範の施行で、右側の枠はさらに広がる旧宮家からの養子と、結婚後も皇室に残る女性皇族が新たに右の枠に入る

右側の点線の枠が、今回「守られていない」と指摘されている範囲そのものである。

10月24日施行の改正皇室典範で範囲が動く

旧宮家の男系男子が養子として皇族に加わるため、代理告訴の届かない範囲は10月24日から広がる。

施行により皇族の数と顔ぶれが変わるからである。2026年6月30日に閣議決定され、7月17日の参院本会議で可決・成立し、7月24日に公布された改正皇室典範は、10月24日に施行される。柱は二つで、1947年に皇籍を離脱した旧11宮家の子孫のうち、妻子のいない15歳以上の男系男子を養子として皇室に迎えること、そして女性皇族が結婚後も皇室に残ることである。養子に男子が生まれた場合には皇位継承資格を持つことも盛り込まれた。改正の中身そのものは「皇室典範改正案とは|2026年7月衆院可決、旧宮家養子と「女性宮家見送り」が示す男系継承の行方」で詳しく解説している。

養子として迎えられる男系男子は、それまで一般国民として生活してきた人物である。皇族となった瞬間に注目と批判の対象になる一方で、刑法232条2項の5身位には当たらない。保守系議員が「養子縁組で皇族となる旧宮家の男系男子も守るべきだ」と主張しているのは、この構造を指している。公布までの経緯は「【7/24】改正皇室典範がきょう公布|旧宮家養子と女性皇族の身分保持、10月施行へ」にまとめた。

参議院に出された2本の請願が求めていること

国会には第217回国会の段階で、皇室への中傷に刑事手続で対応するよう求める請願が2本提出されている。

請願1233号|国としての姿勢と削除体制

請願1233号は、国としての姿勢の表明と、ネット上の中傷を削除する体制の構築を求めている。

この請願は、天皇陛下、皇后陛下および皇族方に対する悪質な誹謗中傷や侮辱的な言動が頻発していると指摘したうえで、二点を求めている。第一に、宮内庁および内閣が、皇室への中傷が刑事責任を伴うものであることを明確に表明し、毅然とした国家的姿勢を示すこと。第二に、インターネット上の誹謗中傷や虚偽情報に対して、プロバイダーへの削除要請など適切な措置を講じる体制を構築することである。

請願1236号|内閣による代理告訴の制度化

請願1236号は、皇族への名誉毀損と侮辱について内閣が代わって告訴できる制度を求めている。

こちらは制度の新設に踏み込んでいる。名誉毀損罪と侮辱罪が親告罪であるために被害者本人の告訴が必要だが、皇族方は私人としての告訴が困難な立場にあり、その状況が悪用されていると指摘。そのうえで、皇族方に対する名誉毀損罪および侮辱罪について、親告罪の例外として内閣が本人に代わって告訴を行える制度を整備することを求めている。

ここは正確に読む必要がある。請願1236号が求めているのは「皇族を侮辱したら罰する新しい罪」ではなく、「誰が告訴のボタンを押せるか」という手続の拡張である。処罰の対象になる行為は、いまも一般国民に適用されている名誉毀損罪と侮辱罪のままだ。この違いは、戦前の不敬罪と現在の議論を分ける決定的な分岐点になる。

Q. 請願が採択されると、そのまま法律になるのですか。

A. なりません。請願は国民が国会に意見を届ける制度で、委員会での審査を経て採択されても、政府に送付されて検討を促す効力にとどまります。法律にするには別途、内閣または議員が法案を提出し、両院で可決する必要があります。

では、手続の拡張にとどまるなら「不敬罪の復活」という指摘は的外れなのか。戦前の条文と突き合わせて確かめる。

戦前の不敬罪と何が違うのか|旧74条・76条と1947年の削除

戦前の不敬罪は「不敬」という行為そのものを処罰する独立の犯罪であり、今回の議論とは構造が異なる。

旧規定はどう定めていたか

旧刑法74条は天皇らへの不敬を3月以上5年以下、76条は皇族への不敬を2月以上4年以下の懲役と定めた。

戦前の刑法には第2編第1章「皇室ニ対スル罪」という章が置かれていた。第74条は具体的に天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子または皇太孫に対する不敬の行為を3月以上5年以下の懲役とし、神宮または皇陵に対する不敬も同様に処罰した。第76条は皇族に対する不敬の行為を2月以上4年以下の懲役と定めていた。名誉毀損とは別枠で、「不敬」という一語だけを構成要件にした犯罪である。

甲南大学名誉教授で弁護士の園田寿氏は、この「不敬」という概念がきわめて抽象的で主観的であったため、捜査機関と司法による恣意的で拡張的な解釈を招いたと指摘している。実際、1911年3月3日の大審院判決は、他人に見せていない日記に不敬の記載をしただけで犯罪が成立すると判示した。1946年5月19日の食糧メーデーでプラカードを掲げた人物が不敬罪に問われた、いわゆるプラカード事件もこの条文の下で起きている。皇室に対する罪は1947年、憲法14条の法の下の平等と憲法19条の思想・良心の自由に反するとして刑法から全面削除された。

いまの議論との違いはどこにあるか

違いは「新しい罪をつくるかどうか」にある。両者を並べると次のようになる。

論点 戦前の不敬罪(旧74条・76条) 請願1236号が求める制度
処罰される行為 「不敬」な行為そのもの 名誉毀損・侮辱(一般国民と同じ要件)
新しい犯罪類型 つくる(独立の章を設置) つくらない(告訴権者の拡張)
法定刑 3月以上5年以下の懲役ほか 現行の名誉毀損罪・侮辱罪のまま
構成要件の明確さ 「不敬」が抽象的で拡張解釈された 判例の蓄積がある名誉毀損の枠内
批判・論評の扱い 処罰の対象になり得た 公共性・公益性・真実性の抗弁が働く

この表のとおり、請願の求める内容だけを見れば戦前の不敬罪とは別物である。ただし「議論が最終的にどこへ着地するか」は別問題で、条文が書かれる段階で構成要件が広がれば結果として不敬罪に近づく、という懸念そのものは筋が通っている。皇室のあり方をめぐっては宗教団体からの反対声明も出ており、その経緯は「NCC「天皇制の終焉」声明とは?皇室典範改正案で発表」で扱った。

国旗損壊罪は8月13日に施行された|象徴保護立法は1本通った

国の象徴を守る刑事立法は、すでに2026年に1本成立して施行されている。国旗損壊罪である。

成立から施行までの経過

国旗損壊罪は2026年7月17日に成立し、7月24日に公布されて、8月13日に施行されている。

自民党は日本維新の会との連立合意に基づき、外国国章損壊罪だけが存在する矛盾を是正するとして国旗損壊罪の制定を議論してきた。プロジェクトチームの座長は松野博一元官房長官が務めた。法案は2026年6月に党内で了承され、7月17日の参院本会議で自民党、日本維新の会、国民民主党などの賛成多数により可決・成立した。法定刑は2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金で、刑法92条の外国国章損壊罪と同じ水準に揃えられた。自らの損壊行為を撮影してSNSに投稿する行為も処罰の対象に含まれる。

注目すべきは、この法案が党内で一度つまずいている点だ。2026年4月9日に自民党本部で開かれたプロジェクトチームの会合では、国旗損壊罪を公然わいせつ罪と同じ「社会的法益」を守る罪と位置づけるべきだという意見が出た一方、外国国章損壊罪は外交という「国家的法益」を守る罪であり同列に扱うべきではないという反論も出た。5月15日には法案骨子案の了承が見送られている。刑法体系のどこに置くかで党内が割れたのである。

この経過を、皇族保護の議論に重ねると次の形になる。

象徴保護立法の進み方(国旗損壊罪の実例)4/9 保護法益で党内が割れる5/15 骨子案の了承を見送り7/17 参院本会議で可決・成立8/13 施行2年以下の拘禁刑皇族保護の議論は、この図の左端よりさらに手前にいる法案も骨子案も無く、党の正式な機関決定も確認されていない段階

国旗の場合ですら、保護法益の位置づけをめぐって党内で4か月もめた。皇族保護の議論はまだその手前にいる。

(編集部分析)言論を狭めずに守るための3つの線引き

制度を作るなら、守る対象・処罰する行為・発動する主体の3つを条文で絞り込めるかが分かれ目になる。

(編集部分析)皇室は日本の国体そのものであり、事実無根の中傷が野放しにされている現状を放置してよいとは考えない。ましてや、10月24日の施行によって一般国民から皇族となる旧宮家の男系男子は、皇族としての立場ゆえに反論する手段を持たないまま批判の的になる。守る仕組みが要るという問題意識自体は正当である。制度の空白を「皇族なのだから我慢すべきだ」で埋めるのは、国として誠実な態度とは言えない。

(編集部分析)同時に、皇室を守るという名目で国民の言論を狭めれば、それは皇室の権威を高めるどころか、皇室を国民から遠ざける。戦前の不敬罪が拡張解釈された最大の原因は「不敬」という語の曖昧さにあった。誰も条文を読んで自分の行為が犯罪かどうか判断できない法律は、権力が使いたいときに使える道具になる。だからこそ線引きは次の3点に絞られるべきだと考える。第一に、処罰対象を既存の名誉毀損罪・侮辱罪の構成要件から広げないこと。第二に、公共性・公益性・真実性の抗弁を必ず維持し、皇室制度そのものへの批判・論評は対象外だと条文に書くこと。第三に、告訴の発動主体を内閣に置くなら、その判断基準と件数を国会に報告させ、政権の裁量で恣意的に使われないようにすることである。

(編集部分析)誰が得をするのかという問いを当てれば、答えははっきりしている。曖昧な条文で得をするのは、皇室でも国民でもなく、その条文を運用する行政機構である。皇室を敬う気持ちと、権力に白紙の武器を渡さない警戒心は両立させなければならない。皇室の尊厳を守るという目的が正しいからこそ、手段は厳格に詰める必要がある。

10月24日に施行される改正皇室典範の中身は、こちらで条文レベルまで解説しています。
→ 皇室典範改正案とは|2026年7月衆院可決、旧宮家養子と「女性宮家見送り」が示す男系継承の行方

皇族保護の法整備をめぐるよくある質問

ここまでで触れきれなかった周辺の疑問を、3点に絞って整理する。

Q. いま皇室を批判すると罪になりますか。

A. なりません。不敬罪は1947年に刑法から削除されており、皇室制度への批判や論評は憲法21条の表現の自由の範囲内です。処罰の対象になり得るのは、事実を摘示して名誉を毀損する行為や、公然と侮辱する行為に限られます。

Q. 内閣総理大臣が皇族のために告訴した例はあるのですか。

A. 公になっている事例は確認できていません。刑法232条2項の規定は戦後一貫して存在していますが、実際に行使されたことが公表された記録はなく、事実上機能していないとの指摘があります。

Q. 名誉毀損罪と侮辱罪はどう違うのですか。

A. 事実を示したかどうかで分かれます。名誉毀損罪は具体的な事実を摘示して社会的評価を下げた場合に成立し、侮辱罪は事実を示さずに公然と人を侮辱した場合に成立します。侮辱罪は2022年7月7日施行の改正で1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に引き上げられました。

制度の空白は事実として存在する。それをどう埋めるかは、10月24日の施行後、国会でどこまで条文が具体化するかにかかっている。

参考情報

この記事を書いた人:あいすべ(監修・編集統括)

健診・治験の現場で10年以上、臨床データの精査に従事。地方公務員として公立病院に勤務し、経営推進課の責任者を経てマーケターに転身。データ検証と実践哲学(葉隠)の両面から、情報のバイアスを見抜く視点で「大和帰郷」を運営しています。資格・経歴は実在し、求めに応じて証憑を提示できます。。

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