韓国が原子力潜水艦(原潜)の建造に向けて動き出しました。2026年8月11日の閣議で国防部と防衛事業庁に専門組織を置く職制改正案が決まり、8月17日には建造の専任チームをさらに拡大再編し「2030年代に戦力化」を掲げていると報じられています。日本にとってこれは隣国の装備の話にとどまりません。潜水艦の動力、核燃料をめぐる権利、そして非核三原則という、年末の安保3文書改定で必ず正面から問われる論点に直結します。
この記事でわかること
- 決まったのは組織と工程です: 国防部に「核推進潜水艦政策企画団」、防衛事業庁に「核推進潜水艦事業団」を置き、8000トン級3隻を2030年代半ばに進水、後半に戦力化する計画です。
- 最大の壁は燃料です: 米韓原子力協定はウラン濃縮を20%以下に制限し、移転した核物質の軍事利用も禁じているため、協定の改正か別協定なしには動力が確保できません。
- 日本の宿題は3つです: 次世代潜水艦の動力選択、濃縮・再処理の権利の使い方、非核三原則「持ち込ませず」の扱いが、年末の安保3文書改定で問われます。
韓国の原子力潜水艦は8月11日に何が決まったのか
国防部と防衛事業庁に原潜専門の組織を置く職制改正案が、8月11日の閣議で決まりました。
装備そのものの契約ではなく、計画を動かす体制が固まった段階です。
韓国は2026年5月に「大韓民国核推進潜水艦基本計画」を発表し、事業名を「張保皐(チャンボゴ)N」と定めています。8月の組織新設はその実行部隊を置く手続きにあたり、8月17日にはこの専任チームをさらに拡大再編したとの報道が出ました。計画が構想から実務へ移りつつある局面と言えます。
国防部に政策企画団、防衛事業庁は事業団を拡大改編
国防部が「核推進潜水艦政策企画団」を新設し、防衛事業庁は「韓国型潜水艦事業団」を「核推進潜水艦事業団」へ拡大改編します。
両者の役割ははっきり分かれています。
政策企画団が担うのは制度づくりです。特別法の制定、米国や国際原子力機関(IAEA)との協議、安全規制の策定といった、装備以前に決めなければならない枠組みを統括します。一方の事業団は設計・建造と原子炉など中核技術の開発を主導します。制度と技術の二本立てで進める構えです。
8000トン級3隻、進水は2030年代半ば・戦力化は2030年代後半
8000トン級を3隻導入し、1番艦の進水は2030年代半ば、戦力化は2030年代後半という工程が示されています。
燃料は濃縮度20%未満の低濃縮ウランです。
韓国外交部の朴斗淳(パク・ドゥスン)報道官は8月13日の記者会見で、低濃縮ウランを燃料とする原潜を2030年代半ばに進水させ、30年代後半に戦力化する計画だと説明しました。計画の骨子を整理すると次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事業名 | 張保皐N(チャンボゴN) |
| 規模 | 8000トン級を3隻導入する計画 |
| 燃料 | 濃縮度20%未満の低濃縮ウラン |
| 1番艦の進水 | 2030年代半ば |
| 戦力化 | 2030年代後半 |
| 推進体制 | 国防部=核推進潜水艦政策企画団/防衛事業庁=核推進潜水艦事業団 |
| 核武装 | 韓国政府は否定。NPT順守を明言 |
表のとおり、韓国が掲げているのは「原子力で動く通常兵器の潜水艦」です。核弾頭の搭載は計画に含まれておらず、政府はNPT(核拡散防止条約)の順守を繰り返し表明しています。
なぜ2026年のいま動いたのか
昨年10月の米韓首脳合意が出発点で、今年5月の基本計画と8月の組織新設で計画が実務段階に入ったためです。
加えて、米国側の環境変化が後押ししています。
米韓両首脳は2025年10月、韓国の原潜導入と使用済み核燃料の再処理に関する協力ですでに合意していました。ただ進展は遅く、キックオフ会議が開かれたのは2026年6月です。その後、トランプ大統領は8月13日、外国の造船会社が米海軍の艦艇を最大2隻まで自国で建造できるようにする措置を打ち出しました。現時点で原潜は対象外ですが、韓国が1500億ドル規模の造船協力プロジェクト「MASGA」を進めていることを踏まえれば、次の段階への足がかりと受け止められています。
3つの動きが重なって計画を押し上げた構図を図にすると次のようになります。
韓国の原潜計画を押し上げた3つの動き
① 2025年10月
米韓首脳が原潜導入と使用済み核燃料の再処理協力で合意
② 2026年5・6月
韓国が原潜基本計画を発表、6月にキックオフ会議
③ 2026年8月
専門組織を新設・拡大改編。米は外国企業の艦艇建造を一部解禁
→ 構想段階から、制度づくりと設計・建造を担う実務段階へ
図のとおり、韓国の原潜は「思いつき」ではなく、同盟国との合意を積み上げた上での既定路線として進んでいます。
(編集部分析)この流れで見落とせないのは、韓国が装備の取得と同時に造船という産業カードを使って交渉を有利に運んでいる点です。米国の艦艇建造能力の低下という相手側の弱みに、自国の強みである造船を差し出す。国益の観点では、日本も防衛装備と産業政策を切り離さずに束ねて交渉に臨む発想が問われます。防衛産業の生産能力については「防衛産業の生産能力が課題|100社超撤退と増産の壁を解説」でも取り上げました。
Q. 原子力潜水艦と通常動力潜水艦は何が違うのですか。
A. 最大の違いは潜り続けられる時間です。通常動力はバッテリーの充電のために定期的に浮上または露頂する必要がありますが、原潜は原子炉で発電するため数か月単位で潜航でき、速力も高く保てます。一方で建造・維持の費用は大きく膨らみます。
潜航時間という利点の裏側にあるのが、次に見る燃料の問題です。
最大の壁は燃料|米韓原子力協定の20%制限
原潜の燃料になる低濃縮ウランを韓国は自前で作れず、米韓原子力協定の改正か別協定の締結が欠かせません。
ここが計画の最大の関門です。
笹川平和財団の分析によれば、米韓原子力協定は核燃料の濃縮をウラン235基準で20%以下に制限しており、さらに移転された核物質のいかなる軍事目的での使用も禁じています。韓国は「濃縮度20%以下の燃料を使う5000トン以上の原潜は10年以内に建造可能」としていますが、その燃料をどこから調達するかは協定の壁の内側にあります。既存協定の改正か、原潜専用の別協定を結ぶことが不可欠だという指摘です。
建造場所にも課題が残ります。トランプ大統領はフィラデルフィアの造船所での建造を条件として挙げましたが、同造船所は商船建造の設備しか持たず、原潜の建造には密閉型ドックなどの基礎設備を整えるところから始める必要があります。工程表の「2030年代半ば」は、これらが順調に片付いた場合の数字と見るのが妥当です。
(編集部分析)この構図は、同盟国であっても核燃料の自立は簡単に手に入らないという現実を示しています。日本にとっても他人事ではありません。装備を持つ議論と、それを動かす燃料と規制を自国で握る議論は、必ずセットで進める必要があります。
北朝鮮は何と言い、韓国はどう反論したか
北朝鮮は「核ドミノを誘発する」と非難し、韓国外交部は「正当かつ防衛的な措置だ」と反論しました。
応酬は8月中旬に集中しています。
北朝鮮で対韓国政策を担う外務省のチャン・グムチョル第1次官は8月12日、韓国の原潜保有の企ては核ドミノを誘発し、自国の安全と海洋主権に対する重大な挑戦だとする談話を発表しました。これに対し韓国外交部の朴報道官は翌13日、原潜の開発は北朝鮮の核・ミサイル能力の高度化や原潜建造といった安全保障環境の変化への対応であり、5月の基本計画で国際的な不拡散体制の順守を明言していると説明しています。
北朝鮮自身も核・ミサイルを基盤とする海上戦力への転換を進めており、5000トン級の新型駆逐艦「崔賢」の就役に続き、原子力潜水艦や1万トン級の戦略艦の建造を進めているとされます。8月12日には江原道元山付近から日本海に向けて射程約700キロの弾道ミサイルを発射しました。飛行距離が発射地点から海上自衛隊の護衛艦「ちょうかい」の母港である佐世保港までの直線距離とほぼ一致するとの分析も出ていますが、標的座標が確認されていないため断定はできません。中国の原潜をめぐる動きは「中国が原潜からミサイル発射|和歌山沖EEZ着弾の真相」で詳しく扱っています。
日本にはね返る3つの宿題
潜水艦の動力、燃料と再処理の権利、非核三原則の扱いという3つが、年末の安保3文書改定で問われます。
隣国の計画が進むほど、先送りの余地は狭くなります。
まず日韓の現在地を整理します。
| 論点 | 韓国 | 日本 |
|---|---|---|
| 潜水艦の動力 | 原子力推進の導入を国家計画として決定 | 通常動力(たいげい型が最新)。次世代動力は未決着 |
| ウラン濃縮 | 米韓原子力協定で20%以下に制限。改正が課題 | 日米原子力協定で濃縮・再処理が認められている |
| 軍事利用の可否 | 協定上、移転核物質の軍事目的使用は禁止 | 原子力基本法が平和目的に限定 |
| 核政策の枠組み | 核武装は否定。NPT順守を明言 | 非核三原則。「持ち込ませず」の扱いが争点化 |
表が示すのは、制度面では日本のほうが原子力の権利を広く持ちながら、装備の議論では韓国が先に進んでいるという逆転です。
宿題1:次世代潜水艦の動力をどうするのか
海上自衛隊は通常動力のたいげい型を最新艦としており、次世代の動力をどうするかは決着していません。ここが第1の宿題です。
日本の潜水艦はリチウムイオン電池の採用などで通常動力としての静粛性と行動能力を高めてきました。ただ、行動半径と潜航持続時間で原潜との差は埋まりません。防衛白書が示すとおり中国海軍は潜水艦58隻を保有し、海上自衛隊の22隻との開きは大きいのが現状です(【8/17】防衛白書が示す日中の戦力差|中国の潜水艦58隻に海自22隻)。安保3文書改定の有識者会議では、6月8日の会合で抑止力強化のために原潜保有を求める意見が出た一方、慎重論も示されています。
宿題2:濃縮と再処理の権利をどう使うのか
日本は日米原子力協定で濃縮と再処理が認められている数少ない非核兵器国です。
ただし原子力基本法が利用を平和目的に限定しており、権利はあっても軍事転用の道は閉じています。
韓国が協定改正という高い壁の前に立っているのに対し、日本は制度の入口をすでに持っています。もし次世代動力の議論を進めるなら、必要になるのは新たな権利獲得ではなく、国内法の枠組みをどう扱うかという議論です。これは装備予算とは別の、立法府の仕事になります。
(編集部分析)この違いは重く受け止めるべきです。日本は先人が積み上げた交渉の成果として、非核兵器国としては例外的な原子力の権利を確保してきました。その権利を「使わない」と選ぶこと自体は主権的な判断ですが、選択肢があること自体を国民が知らないまま議論が進むのは健全ではありません。誰が得をするのかという問いに立てば、権利の中身を公開の場で説明し、国民が判断できる形にすることが先決だと評価できます。
宿題3:非核三原則「持ち込ませず」をどう扱うのか
日本維新の会が6月16日の提言案で「持ち込ませず」の現実的検討を求め、自民党案は言及しませんでした。
非核三原則をめぐって与党内で方向が割れています。
維新の提言案は、米国が海洋発射型核巡航ミサイル「SLCM-N」の配備を進める状況を踏まえ、2030年代前半までに議論が必要だとしています。核共有については「ただちに導入する必要はない」としつつ、制度・法的課題の中長期的な検討開始を求める内容です。原潜については、費用の高さを課題として挙げながら、潜航能力や推進力の面で他の動力より利点があると主張しています。核をめぐる政府内の議論の経緯は「小泉防衛相「核に触れざるを得ない」発言の波紋と論点」でも整理しました。
(編集部分析)非核三原則は国是として重い歴史を背負っています。だからこそ、変える・変えないの結論を急ぐより、現に何が起きているのかを国民に開示することが先だと考えます。隣国が原子力推進の潜水艦を持ち、北朝鮮も同種の建造を進め、米国は同盟国に負担分担を求めている。この事実関係を示した上で、日本が自国で決められる範囲はどこまでなのかを問う。誇りある独立国として、判断の材料を国民の手に戻すことが求められます。
Q. 韓国が原潜を持つと、日本の安全保障にはどんな影響がありますか。
A. 直接の脅威というより、日米韓の役割分担と海域の使い方が変わる可能性があります。原潜は長期間潜航できるため哨戒範囲が広がり、潜水艦同士の衝突を避ける水域管理(WSM)の調整が日米韓の間で必要になるとの指摘があります。連携が進めば協力の転換点になり得る一方、調整が不十分なら摩擦の火種にもなります。
3つの宿題はいずれも年末の安保3文書改定に向けた論点です。最後に、読者から寄せられやすい疑問を整理します。
韓国の原子力潜水艦をめぐるよくある質問
計画の中身や周辺の動きについて、報道だけでは分かりにくい点をまとめました。
Q. 韓国は原潜に核兵器を積むのですか。
A. 韓国政府は核兵器の保有を否定しています。外交部は導入を目指す原潜はNPTに完全に合致すると説明し、IAEAと緊密に意思疎通していく方針を示しています。ただし将来の政権交代によって議論が再燃する可能性を指摘する見方もあり、現時点の計画と将来の政治判断は分けて見る必要があります。
Q. 「張保皐N」の「N」は何を指しますか。
A. 次世代(next-generation)、核(nuclear)、新技術(new technology)の3つを表すとされています。張保皐は9世紀の新羅の武将で、既存の韓国型潜水艦事業にも使われてきた名称です。
Q. 米韓合同軍事演習の縮小は原潜計画に影響しますか。
A. 直接の関係は示されていません。トランプ大統領は8月16日、北朝鮮の金正恩総書記との関係を理由に米韓合同軍事演習を大幅に削減すると表明しました。演習の縮小は同盟の運用に関わる話で、原潜の建造計画とは別の枠組みで進んでいます。ただ、米国が同盟国に自助努力を求める流れという点では背景を共有しています。
隣国の装備計画は、日本が自分で決めるべきことを先送りにできなくする外圧としても働きます。年末の安保3文書改定は、その答え合わせの場になります。
参考情報
- 聯合ニュース「韓国国防部 原潜導入へ専門組織新設=防衛事業庁も」(2026年8月11日配信)
- 聯合ニュース「韓国 原潜は対抗措置=北朝鮮の非難に反論」(2026年8月13日配信)
- 中央日報日本語版「【コラム】太極旗がはためく原子力潜水艦を見ることができるか」(2026年8月17日配信)
- 中央日報日本語版「【コラム】北朝鮮を直撃した米国の戦術核兵器再配備論議(2)」(2026年8月17日配信)
- BBC News「韓国、北朝鮮との戦争を正式に終結させるための協議を提案」(2026年8月17日配信)
- KOREA WAVE「北朝鮮、日本を意識したミサイル発射か…太平洋で影響力拡大の可能性」(2026年8月13日配信)
- 笹川平和財団 国際情報ネットワークIINA「韓国の原子力潜水艦導入は実現できるのか――その可能性と戦略的含意」
- 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター「非核三原則の『持ち込ませず』 維新『現実的検討を』 安保3文書提言案 原潜導入も主張」(2026年6月16日)
- 共同通信「原潜保有、有識者から慎重論 安保3文書、議事要旨公開」

