通常動力型潜水艦をめぐる商戦で、ドイツのティッセンクルップ・マリン・システムズ(TKMS)が合計18隻分を押さえたと報じられています。世界で30隻近くが争われた需要のうち、実に3分の2をドイツ1社が取った計算です。同じ時期、日本は豪州向けの護衛艦「もがみ」型で初の大型輸出を決めた一方、潜水艦の輸出実績は2016年の敗退以来ゼロのまま止まっています。何が両者を分けたのかを、確定している事実と交渉段階の話を分けながら整理します。
この記事でわかること
- ドイツの18隻は「契約済み」ではない: カナダ向け最大12隻は優先供給者の選定段階、インド向け6隻は契約交渉中で、いずれも署名は済んでいません。
- 勝因は艦の性能ではなく建造の置き場所: 相手国の造船所で造らせ、雇用と技術を現地に残す設計にしたことが、ドイツが競合を圧倒した決め手とみられます。
- 日本の課題は年1隻の建造体制: 三菱重工と川崎重工が交互に年1隻を造る現行体制では、自衛隊向けを削らない限り輸出に回す枠が生まれません。
ドイツが押さえた潜水艦18隻の内訳は?
カナダ向けの最大12隻と、インド向けの6隻を足した18隻です。ただし、どちらも契約署名の前段階にあります。
2026年8月16日の報道によれば、世界で争われた通常動力型潜水艦およそ27隻のうち、ドイツが18隻、フランスが6隻、スウェーデンが3隻を押さえた形になっています。取得費用の合計は400億ドルを超えるとされます。まずは国別の状況を並べて確認します。
| 供給国・企業 | 隻数 | 相手国と艦型 | 段階 |
|---|---|---|---|
| ドイツ(TKMS) | 18隻 | カナダ 212CD 最大12隻/インド 214NG 6隻 | いずれも交渉中 |
| フランス(ナバル・グループ) | 6隻 | オランダ バラクーダ4隻/インドネシア スコルペヌ2隻 | 契約済みとされる |
| スウェーデン(サーブ) | 3隻 | ポーランド A26型3隻 | 契約済みとされる |
| 日本 | 0隻 | — | 2016年の豪州商戦で敗退以降なし |
数の大きさに目を奪われがちですが、ドイツの18隻は性質が2つに分かれます。順に見ていきます。
カナダの12隻は「受注」ではなく優先供給者の選定
カナダが2026年7月6日に発表したのは、TKMSを優先供給者に選んだという段階までです。契約の締結ではありません。
カーニー首相はハリファックスの海軍施設で、カナダ哨戒潜水艦計画(CPSP)の相手にTKMSを選定したと発表しました。艦型はドイツとノルウェーが共同開発した212CD型で、最大12隻。契約の妥結目標は2027年末、初号艦の引き渡しは2033年から2034年ごろとされています。カナダ側の発表では、TKMSとの交渉が最終契約に至らなかった場合、韓国のハンファオーシャンと協議を始める余地も残されています。つまり、この12隻はまだ確定していません。
インドの6隻は8000億円規模の契約交渉中
インド向けの6隻も、TKMSとインドのマザゴン・ドック造船所(MDL)が契約交渉に入った段階です。
インド海軍のP-75I計画で、艦型はドイツの214NG型に決まったと報じられています。規模はおよそ80億ドル、日本円で1兆円をうかがう水準です。ドイツのピストリウス国防相は2026年7月までの署名を見込むと述べていましたが、署名済みを確認できる一次情報は現時点で見当たりません(※確認中)。ここも「決まりかけている大型案件」と受け止めるのが正確です。
Q. 通常動力型潜水艦とは何ですか。原子力潜水艦とどう違いますか。
A. ディーゼルエンジンと電池で動く潜水艦のことです。原子炉を積む原子力潜水艦に比べて航続力と水中速力では劣りますが、静粛性が高く、浅い海での行動に向き、価格も運用コストも大幅に安く済みます。核不拡散条約(NPT)の制約を受けないため、原潜を持てない多くの国にとっては事実上これが唯一の選択肢になります。
段階の違いを踏まえたうえで、次はなぜ今これほどの需要が一度に出てきたのかを見ます。
なぜ通常動力型潜水艦の需要が今これほど増えているのか
原潜を持てない国々が、周辺国の海軍増強に対して抑止力を確保しようと、一斉に更新期を迎えたためです。
背景にある力は3つに整理できます。ひとつは中国海軍の急拡大で、令和8年版防衛白書は中国の潜水艦を58隻と記載しています。ふたつめはロシアのウクライナ侵攻以降に欧州各国が国防費を積み増したこと。みっつめは冷戦期に導入した潜水艦が各国で一斉に寿命を迎えていることです。
潜水艦の需要が一度に膨らんだ3つの回路
① 中国海軍の拡大
潜水艦58隻。周辺国が水中の抑止力を持たざるを得ない
② 欧州の国防費増
ウクライナ侵攻後、NATO各国が調達枠を一斉に拡大
③ 冷戦期艦の寿命
1980〜90年代就役艦の更新時期が重なった
→ 3つが同時に効いた結果、およそ27隻・400億ドル超が数年に集中した
この3つが重なった結果、本来なら10年かけて分散するはずの需要が数年に集中しました。その果実を最も大きく取ったのがドイツです。
TKMSの受注残高は過去最高の220億ドル
TKMSは2026年2月、受注残高が過去最高の220億ドル(およそ3兆4000億円)に達したと発表しています。
同社は2025年10月20日にフランクフルト証券取引所へ単独上場しました。ティッセンクルップが51%を保有し、49%を市場に公開した形です。上場直後に時価総額が倍増したと報じられており、防衛産業が資本市場から資金を集めやすい環境が整ったことが、生産ラインの増設を後押ししています。ノルウェーはドイツ国内の第2生産ラインの整備にまで資金を出しており、自国の発注枠を守るために他国の工場へ投資するという段階に入っています。
ドイツが競合を圧倒した決め手は艦の性能ではない
相手国の造船所で造らせ、雇用と技術と長期の保守収入を現地に残す設計にしたことです。
カナダの案件で、TKMSは212CD型計画と関連する合弁事業を通じて、860億ドル規模をカナダ経済に還流させ得ると説明していました。潜水艦そのものの性能を競う商戦ではなく、「あなたの国に何を残すか」を競う商戦になっていた、という構図です。
ノルウェー・ドイツ・カナダの三国で最大24隻の同型艦
カナダ向けの12隻を確保するため、ドイツとノルウェーは自国向けの引き渡し予定を1隻ずつ後ろに回す方向で調整されています。
ドイツとノルウェーは212CD型を各6隻の計12隻で共同調達しており、そこにカナダの最大12隻が乗ると、3か国で最大24隻の同一設計艦が並ぶことになります。部品も訓練も整備も共通化できるため、運用する側から見た費用対効果は跳ね上がります。一国に売る話ではなく、枠組みごと売っているわけです。
「NATOの壁」は日本にも韓国にも効いた
カナダの商戦で韓国のハンファオーシャンが最後まで残りながら及ばなかった要因として、NATO加盟国同士の結束が指摘されています。
韓国の防衛産業輸出は2006年の2億5000万ドルから2024年には約154億ドルへと急拡大し、戦車や自走砲では欧州市場に食い込んでいます。それでも潜水艦という「先端技術の集約体」では、カナダがNATO創設時からの加盟国であるという事実そのものが壁になりました。技術や価格の勝負に持ち込む前に、同盟の内側か外側かで線が引かれる。日本が直面している壁も本質的には同じものです。なお韓国は自国向けに原子力潜水艦の建造も進めており、その動きは「【8/18】韓国の原子力潜水艦|2030年代戦力化と日本の3つの宿題」で整理しています。
日本が潜水艦を1隻も輸出できていないのはなぜか
2016年の豪州次期潜水艦商戦で敗れて以降、大型の潜水艦案件に食い込めないまま10年が経過したためです。
日本の潜水艦は性能で劣っているわけではありません。たいげい型はリチウムイオン電池を実用化した数少ない通常動力型で、6番艦「そうげい」が2025年10月14日に川崎重工神戸工場で進水し、2027年3月の竣工を予定しています。それでも輸出はゼロです。理由は技術ではなく、売り方と造り方の側にあります。
| 敗因 | 内容 | 相手(フランス)はどうしたか |
|---|---|---|
| 現地生産・技術移転 | 国内建造を前提にした提案で、豪州の雇用要求に応え切れなかった | 12隻すべてを豪州国内で建造すると提示 |
| 運用構想の不適合 | そうりゅう型は日本周辺の海域に最適化され、長距離展開の想定と合わなかった | 長距離航行を前提に設計を提案 |
| 政府と企業の連携 | 武器輸出の経験が乏しく、政府が前面に立つ交渉の体制が整っていなかった | 政府主導で継続的に働きかけた |
3つのうち2つは、今からでも制度と体制で直せるものです。しかし残る1つ、建造能力の問題はより根が深いところにあります。
そうりゅう型が落とした3つの理由
豪州が求めた国内建造への対応不足と、運用構想の不一致、そして対中関係を踏まえた政治判断が重なったためです。
この商戦は12隻・約500億豪ドル(当時のレートで約4兆円)という規模で、防衛装備移転三原則の緩和後、初の大型商談でした。当時のターンブル政権は国内の雇用を最重視しており、フランスが全12隻の豪州国内建造を約束したのに対し、日本側の提案は現地建造体制の詰めが甘かったと総括されています。装備の優劣ではなく、相手国の国内事情を読み切れるかどうかで決着した商戦でした。
年に1隻の建造体制では輸出に回す枠が出ない
日本の潜水艦は三菱重工と川崎重工が年に1隻ずつ交互に建造する体制で、輸出向けに割ける空きがそもそもありません。
海上自衛隊の潜水艦は22隻体制を維持するために毎年の建造と退役が組み合わされており、生産ラインは事実上その1本で埋まっています。仮に受注しても、自衛隊向けの引き渡しを遅らせるか、新しいラインを立ち上げるかの二択になります。ドイツがノルウェーの資金を得て第2ラインを整備しているのとは、置かれた条件がまるで違います。
日独の潜水艦建造ラインの違い
日本
三菱重工・川崎重工が交互に年1隻 → 海自22隻体制の維持で埋まる → 輸出枠なし
ドイツ(TKMS)
自国向けに加え輸出前提のライン → ノルウェーの資金で第2ライン増設 → 受注残220億ドルを消化
→ 差は艦の性能ではなく、造れる本数と誰の金でラインを増やすか
(編集部分析)この構図は、誰が得をするのかという問いを立てると輪郭がはっきりします。年1隻の体制は、平時の予算を平準化したい財政当局にとっては都合がよく、造船各社にとっても細く長く続く安定した仕事になります。しかし国全体で見れば、有事に増産できない脆弱さと、輸出で回収する道の両方を同時に失っている状態です。防衛産業からは100社を超える企業が撤退しており、生産能力の細りは潜水艦に限った話ではありません。詳しくは「防衛産業の生産能力が課題|100社超撤退と増産の壁を解説」で解説しています。技術があるのに造れないという状態は、主権の観点では見過ごせない課題と評価できます。
もがみ型フリゲートの受注は何が違ったのか
最初から豪州国内での建造と技術移転を前提に組み立て、政府が前面に立って交渉した点です。
2025年8月、豪州は次期汎用フリゲートに日本の改良型もがみ型を選定しました。TKMSも競合提案を出していましたが、三菱重工の案が選ばれています。2026年4月18日には最初の3隻について正式契約が結ばれ、小泉進次郎防衛相とマールズ副首相兼国防相が「もがみ覚書」に署名しました。最初の3隻は日本で建造して2029年に引き渡し、2030年に就役、以降は西オーストラリア州ヘンダーソン造船所で建造する計画です。
| 項目 | 2016年 潜水艦(敗退) | 2025〜26年 フリゲート(受注) |
|---|---|---|
| 建造の置き場所 | 日本建造が軸で現地建造の詰めが甘い | 初期3隻は日本、以降は豪州ヘンダーソン |
| 政府の関与 | 企業主体で政府の支援が限定的 | 防衛相同士が覚書に署名 |
| 国内産業への波及 | — | 三菱電機が搭載システム、NECがソナー・通信機器を供給 |
| 生産ライン | 潜水艦は年1隻で空きなし | 護衛艦は複数建造の実績あり |
つまり日本は、2016年に指摘された敗因を水上艦では実際に修正できました。同じ修正を潜水艦に適用できていないだけ、という見方もできます。
(編集部分析)もがみ型の成功は、日本の防衛産業が国際商戦で戦えることを実証した点で評価できます。同時に、それが可能だったのは護衛艦が複数隻を並行して建造できる体制を持っていたからでもあります。輸出を語る前に造る力があるかどうかが問われる、という順番は動かせません。装備移転を「武器を売る話」としてだけ論じると、この生産能力という土台の議論が抜け落ちます。
日本がこの需要をつかむために必要なもの
輸出を前提にした生産ラインを別に立てることと、相手国で造らせる設計を最初から用意しておくことです。
ドイツの18隻は、艦が優れていたから積み上がったのではありません。相手国の議会と有権者に説明できる形、すなわち雇用と技術が自国に残る形へ商品を作り替えたから積み上がりました。日本が同じ土俵に立つには、装備移転三原則の運用面だけでなく、造船所の設備と人員をどう増やすかという実務の話に踏み込む必要があります。
(編集部分析)主権と自立の観点では、この論点は輸出の損得を超えています。潜水艦を年1隻しか造れないという事実は、有事に消耗を補充できないという事実と同じものです。周辺国の海軍力については「【8/17】防衛白書が示す日中の戦力差|中国の潜水艦58隻に海自22隻」で整理しています。輸出で生産ラインを太らせることは、他国を利する話ではなく自国の継戦能力を厚くする話でもある、と評価できます。世界が27隻を発注しているこの時期に日本の欄が空白であることは、市場を逃したという以上に、自らの造る力を伸ばす機会を逃していることを意味します。
潜水艦の輸出をめぐるよくある質問
本文で触れきれなかった周辺の疑問を3つ補足します。
Q. 日本は潜水艦を輸出してよいのですか。
A. 制度上は可能です。2014年に武器輸出三原則が防衛装備移転三原則へ改められ、一定の条件下で完成装備品の海外移転が認められるようになりました。2016年の豪州潜水艦商戦はその緩和後の初の大型商談で、2026年4月の豪州向けフリゲート契約が完成艦としての実績にあたります。潜水艦を妨げているのは制度よりも建造能力と提案の作り方です。
Q. カナダの案件で韓国が逆転する可能性は残っていますか。
A. 残っています。カナダ側は、TKMSとの交渉が最終契約に至らなかった場合にハンファオーシャンと協議を始める可能性に言及しています。ただし優先供給者はあくまでTKMSであり、契約の妥結目標は2027年末とされているため、当面はドイツ有利の状況が続くとみられます。
Q. 日本が潜水艦の生産ラインを増やすには何が要りますか。
A. 設備投資と、それを支える長期の発注見通しの両方が要ります。潜水艦の建造には高張力鋼の加工や溶接など特殊な技能を持つ人材が不可欠で、育成には年単位の時間がかかります。ドイツではノルウェーが第2ラインの整備費用を負担する形で解決しましたが、日本にはその相手国がまだいません。まず国内の発注を安定させ、技能者を確保することが前提になります。
需要が集中しているこの数年をどう使うかで、次の10年の位置が決まります。
参考情報
- 通常動力型潜水艦に対する空前の需要、ドイツが18隻受注で他の競合を圧倒(航空万能論GF・2026年8月16日)https://grandfleet.info/military-trivia/unprecedented-demand-for-conventional-submarines-germany-dominates-with-18-orders/
- Canada commits to trilateral partnership: TKMS selected as the Preferred Supplier for the Canadian Patrol Submarine Project(TKMS Group) https://www.tkmsgroup.com/news/article/canada-commits-to-trilateral-partnership-tkms-selected-as-the-preferred-supplier-for-the-canadian-patrol-submarine-project
- Ottawa Selects TKMS For Canadian Patrol Submarine Project(Naval News・2026年7月) https://www.navalnews.com/naval-news/2026/07/canada-selects-tkms-cpsp-submarine-project/
- 不利な環境を突破する…「NATO障壁」に挑む韓国防衛産業の「逆発想」(中央日報日本語版・2026年7月6日) https://news.yahoo.co.jp/articles/5d168c29104b2cb5983a3bde358472c10f4c1e97
- オーストラリア、能力向上型「もがみ」フリゲート3隻について日本と正式契約(ジェトロ ビジネス短信・2026年5月) https://www.jetro.go.jp/biznews/2026/05/0855e2aed6313832.html
- 潜水艦「そうげい」進水(川崎重工業・2025年10月14日) https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20251014_1.html
- 教訓多い潜水艦輸出の失敗(日本経済新聞・2016年5月) https://www.nikkei.com/article/DGXKZO02049650Z00C16A5PE8000/

