2026年8月2日に投開票された埼玉県長瀞町長選は、無所属新人で元町議会議長の岩田務(いわた・つとむ)氏(47)が1,242票を獲得し、藤村さゆり氏(49)、関口雅敬氏(75)を破って初当選しました。この選挙は任期満了によるものではありません。前町長が選挙運動員に現金を配った公選法違反(買収)の罪で有罪判決を受け、辞職したことに伴う出直し選挙です。長瀞町は2025年6月にも町長選を行っており、わずか1年1か月で2度目の投票となりました。この記事では、なぜこの町がもう一度町長を選び直すことになったのか、確定した数字と判決の内容から整理します。
この記事でわかること
- 結果:岩田務氏が1,242票(有効投票に占める割合42.5%)で初当選し、藤村さゆり氏(973票)、関口雅敬氏(709票)を退けました。投票率は55.07%です。
- 出直し選の理由:前町長の鈴木日出男氏が2023年の町議選と2025年の町長選で選挙運動員に現金計78万円を支払ったとして公選法違反(買収)の罪に問われ、2026年7月2日にさいたま地裁で懲役2年・執行猶予5年の有罪判決を受け、控訴せず7月15日付で辞職しました。
- 数字が示すもの:投票率は前回2025年6月の64.94%から55.07%へ9.87ポイント下がりました。当選した岩田氏の得票1,242票も、前回次点だったときの1,302票を下回っています。
- 構造的な論点:有権者5,460人の町で、選挙運動員13人への計78万円が町政を一度止めました。小規模自治体の選挙運動が「知り合いの手弁当」と「報酬」の境界線上にあることが、この事件の背景にあります。
開票結果|岩田務氏が1,242票で初当選、三つどもえを制す
長瀞町長選は2026年7月28日に告示され、8月2日に投開票されました。立候補したのは無所属新人3氏のみで、現職不在の三つどもえです。前町長が有罪判決を受けて去った直後の選挙とあって、3人とも「町政の信頼回復」を共通の課題に掲げる異例の選挙戦になりました。町選挙管理委員会が発表した確定得票は次のとおりです。
| 候補者 | 得票数 | 得票割合 | 立場 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 岩田 務(47) | 1,242票 | 42.5% | 無所属新人・元町議会議長 | 当選 |
| 藤村 さゆり(49) | 973票 | 33.3% | 無所属新人・会社役員 | 落選 |
| 関口 雅敬(75) | 709票 | 24.2% | 無所属新人・前町議会議長 | 落選 |
有効投票数は2,924票です。岩田氏と2位の藤村氏の差は269票で、圧勝と呼べる開きではありません。3人が票を分け合った結果、4割強で当選したという構図です。町の規模を考えれば、135人が判断を変えれば順位が入れ替わる僅差だったことになります。
得票の内訳と投票率55.07%
当日有権者数は5,460人(男2,645人、女2,815人)、投票者数は3,007人、投票率は55.07%でした。男女別では男性55.5%、女性54.67%とほぼ差はありません。開票は町役場大会議室で行われ、町長選の確定は午後8時26分、同日実施の町議補選は午後8時37分でした。有権者5,000人台の町では、開票開始から30分足らずで結果が出ます。
問題はこの55.07%という水準です。全国の町長選の平均と比べれば低い数字ではありませんが、長瀞町にとっては明確な下落でした。前町長の買収事件という、選挙そのものへの信頼が問われた選挙で、投票所に足を運ぶ人が減ったという結果になっています。
前回敗れた候補が票を減らしたまま当選した
今回の当選者である岩田氏は、2025年6月29日の町長選にも立候補し、鈴木日出男氏に敗れています。つまり岩田氏は、有罪判決の対象となった「その選挙」で敗れた側の候補です。前回と今回の数字を並べると、この選挙の性格がはっきりします。
| 項目 | 2025年6月29日 | 2026年8月2日 |
|---|---|---|
| 当日有権者数 | 5,570人 | 5,460人 |
| 投票率 | 64.94% | 55.07%(−9.87ポイント) |
| 岩田務氏の得票 | 1,302票(次点) | 1,242票(当選) |
| 当選者 | 鈴木日出男氏 1,696票 | 岩田務氏 1,242票 |
岩田氏の得票は前回より60票減っています。それでも当選したのは、前回1,696票を集めた鈴木氏がいなくなり、その票が3人に割れたためです。当選者の得票が前回の落選時を下回るという逆転は、支持が広がった結果というより、投票に行く人そのものが約570人減ったことの帰結と読むのが自然です。
(編集部分析)ここは冷静に見ておく必要があります。買収事件を受けた出直し選挙は、本来なら「もう一度きちんと選び直す」機会として関心が高まってもおかしくありません。実際には逆に、有権者の1割近くが投票所から離れました。不正が明るみに出たときに人々が示す反応は、怒って投票に行くことばかりではなく、政治そのものから距離を取ることでもある――今回の数字はそれを示しています。新町長が最初に向き合うのは、対立候補ではなく、この離れた1割です。
なぜ出直し選挙になったのか|前町長の買収事件
この選挙を理解するには、2023年までさかのぼる必要があります。前町長の鈴木日出男氏(66)は、町議時代と町長選の2つの選挙で、選挙運動員に現金を渡していました。公職選挙法が禁じる買収にあたる行為です。事件から出直し選挙までの流れを整理します。
就任からわずか1年で町長の座を失い、町は再び選挙費用と行政の空白を負うことになりました。町長不在の期間は約2週間半、選挙戦を含めれば1か月以上、町政の重要な判断が止まった計算になります。
2つの選挙で運動員13人に現金78万円
報道によれば、鈴木氏は2023年4月の町議選で選挙運動員7人に計42万円を、2025年6月の町長選で6人に計36万円を、それぞれ報酬として支払ったとされています。合わせて13人、78万円です。1人あたり6万円という計算になります。運動員には中学校の同級生らが含まれ、街頭演説会場でのビラ配布や、選挙カーからの手振りといった選挙運動を行っていたと伝えられています。
公職選挙法は、選挙運動を原則として無報酬のボランティア活動と位置づけています。報酬を支払えるのは、事務員やウグイス嬢など法律が定めた一部の職務に限られ、その人数と金額も選挙管理委員会への届け出が必要です。ビラ配布や手振りは、この「報酬を払える職務」に含まれません。町長選という一定の規模の選挙で、支援者に現金を渡した時点で買収が成立します。
懲役2年・執行猶予5年、控訴せず7月15日付で辞職
さいたま地裁は2026年7月2日、懲役2年・執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。判決理由で裁判官は、買収した人数と金額がいずれも少なくないとしたうえで、「民主主義の根幹である選挙の公正を害した」と指摘しています。鈴木氏は初公判で起訴内容を認めており、判決後にコメントを出して控訴しない意向と、7月15日付での辞職を明らかにしました。
この事件が2つの選挙にまたがっている点は見落とせません。2023年の町議選で同じ手法を用い、その2年後の町長選でも繰り返しています。1回の判断ミスではなく、選挙のたびに反復されていた慣行だったという構図です。裁判官が「人数も金額も少なくない」と述べたのは、この継続性を踏まえたものと読めます。
三者三様の「信頼回復」|3候補が掲げた公約
3人の候補はいずれも無所属新人で、政党の推薦を受けていません。全員が「町政の信頼回復」を訴えるという、対立軸の作りにくい選挙でしたが、掲げた政策には明確な違いがありました。
| 候補者 | 主な経歴 | 主な公約 |
|---|---|---|
| 岩田 務(当選) | 元町議会議長・会社役員 | 公共施設の統合を見直し経費と将来負担を削減/小中一貫校に保健センターと中央公民館を合わせた複合化/公共交通の導入 |
| 藤村 さゆり | 会社役員 | 情報共有と透明性の高い町政/ジオパークの活用/旧新井家住宅の観光拠点整備/まちパトの導入 |
| 関口 雅敬 | 前町議会議長・運送会社元社長 | 「日本一安全な町」を掲げた企業誘致/高規格道路・間瀬トンネル建設/町内資源を生かした小規模水力発電 |
岩田氏が押し出したのは、小中一貫校の建設計画に保健センターと中央公民館を組み合わせる複合化案でした。人口減少下で複数の公共施設を個別に建て替えれば、その負担は将来世代に回ります。「一つにまとめて経費と将来負担を減らす」という具体案が、抽象的な信頼回復論より支持を集めたというのが開票結果の読み方です。なお岩田氏の肩書は、報道によって「元町議」とするものと「元町議会議長」とするものがあります。埼玉新聞が掲載した略歴欄では主な経歴を「元町議会議長」としています。
小さな町の選挙で買収が起きる構造
長瀞町の事件は、悪意ある一人の政治家の逸脱として片づけられる話でしょうか。有権者5,460人という規模を踏まえると、そう単純ではない要素が見えてきます。事件の背景にある構造を3つに整理します。
(編集部分析)この3つは、地方自治の担い手が細っていることの裏返しでもあります。町議のなり手が減り、選挙のたびに同じ顔ぶれが助け合う――その共同体的な近さは地方の強みですが、同時に公私の線引きを曖昧にします。だからこそ、公職選挙法の運用を「知っている人だけが守れるルール」にしておく現状には課題が残ると評価できます。総務省や県選管が候補者向けに行う説明を、届け出前の形式的な講習で終わらせず、運動員一人ひとりに何が許され何が犯罪になるのかが届く形にする必要があります。制度を厳しくすること以上に、制度を知らせることが実効性を持つ領域です。
同時に、有権者の側にも見ておくべき論点があります。今回の投票率下落が示すのは、不正への怒りが必ずしも投票行動に向かわないという現実です。地方選挙は国政に比べて報じられる量が少なく、監視の目も届きにくい。民主主義の根幹である選挙の公正を守る最後の砦は、結局のところ、その町に住む人が投票所に行き、候補者の資金と運動の中身を見るという行為に帰着します。
岩田町政が最初に問われること
岩田氏の任期は、前町長の残任期間ではなく、就任日から4年間となります。就任直後に控える課題は明確です。
第一に、公約の柱である公共施設の複合化です。小中一貫校の建設計画は既に動いており、そこに保健センターと中央公民館を組み込むという見直しは、計画の再設計を意味します。町民説明と町議会の合意形成をどこまで丁寧に踏めるかが、就任1年目の評価を決めます。第二に、選挙運動をめぐる町の綱紀です。前町長が去った理由が理由であるだけに、新町長が自らの選挙運動の収支をどこまで開示するかは、言葉ではなく行動で信頼回復を示す機会になります。
(編集部分析)長瀞町は秩父の玄関口として全国的な知名度を持つ観光の町ですが、有権者は5,000人台で、人口減少という全国共通の課題を先取りする規模でもあります。公共施設を統合して将来負担を減らすという岩田氏の方針は、財政の現実主義という点で理にかなっています。ただし施設の統合は、住民にとっては身近な場所が一つ減ることでもあります。削減の必要性を説くだけでなく、統合後に何が良くなるのかを数字で示せるかどうか。地方の財政再建がどこでも直面するこの壁を、この町がどう越えるかは、同じ規模の自治体にとっての実例になります。
長瀞町長選2026のよくある質問
ここまでで触れきれなかった周辺の疑問を整理します。
Q. 前町長はなぜ辞職したのですか。
A. 2023年の町議選と2025年の町長選で選挙運動員に現金を支払ったとして公選法違反(買収)の罪に問われ、2026年7月2日にさいたま地裁で懲役2年・執行猶予5年の有罪判決を受けました。控訴しない意向を示し、7月15日付で辞職しています。
Q. 選挙運動員に報酬を払うのは常に違法なのですか。
A. すべてが違法というわけではありません。公職選挙法は、事務員や車上運動員(ウグイス嬢)、手話通訳者など定められた職務に限り、上限額と人数の範囲内で報酬を支払うことを認めています。選挙管理委員会への届け出も必要です。ビラ配布や街頭での手振りといった選挙運動そのものへの報酬は、この枠外にあたります。
Q. 買収の罪で有罪になると、その後は立候補できなくなるのですか。
A. 公職選挙法は、買収などの選挙犯罪で有罪が確定した場合、一定期間は選挙権と被選挙権を失うと定めています。執行猶予がついた場合は猶予期間中が原則です。ただし裁判所は情状により、この停止期間を短縮したり停止しない旨を宣告したりできるため、実際にどうなるかは個別の判決の内容によります。
Q. 同時に行われた町議補欠選挙の結果は。
A. 町議の死去に伴う欠員1の補欠選挙には無所属2氏が立候補し、石森理嗣氏が1,434票を獲得して当選しました。板谷定美氏は1,350票でした。有効投票数は2,784票です。
Q. 投票率が下がったのはなぜですか。
A. 選挙管理委員会が理由を公表しているわけではありません。事実として言えるのは、前回2025年6月の64.94%から55.07%へ9.87ポイント下がり、投票者数が約570人減ったことです。現職がいない三つどもえで争点が絞りにくかったこと、1年余りで2度目の投票になったことなどが背景として考えられますが、断定はできません。
参考情報
- 長瀞町役場「令和8年8月2日執行 長瀞町長選挙・長瀞町議会議員補欠選挙 投票速報(確定)/開票速報(確定)」
- 埼玉新聞「【速報】埼玉の選挙…長瀞町長選 岩田氏が初当選 公選法違反(買収)で前町長が辞職」(2026年8月2日)
- 埼玉新聞「埼玉の選挙…長瀞町長選が告示 新人3氏の争いに 前町長が公選法違反(買収)で辞職」(2026年7月29日)
- 共同通信・NHK・テレ玉ほか「埼玉・長瀞町長、買収で有罪判決 選挙運動員に報酬、辞職へ」(2026年7月2日)
- 東京新聞「長瀞町長選挙、8月2日に投開票 有罪判決の現職・鈴木日出男氏の辞職意向を受け」

