2026年8月6日、広島市で81回目の原爆の日を迎えた平和記念式典が開かれました。その当日の夜、ロシア外務省のザハロワ報道官が、松井一實・広島市長の読み上げた平和宣言を名指しで非難したと日本の複数の報道機関が伝えています。報道官は、宣言が原爆を投下したアメリカに触れずロシアだけを持ち出したとして「偽りの呪文」「日本人をゾンビ化させている」と述べたとされます。何がどう述べられ、平和宣言は実際にロシアをどう書いていたのか。そして、なぜロシアはそもそも式典に招かれていないのか。確認できる事実だけを順に並べて整理します。
この記事でわかること
- 発言の中身: ザハロワ報道官は8月6日、松井市長の平和宣言について「またしても苦しみの責任が誰にあるのかを忘れ、民間人に原爆を投下したアメリカには言及しなかった」「毎年、ロシアを嫌悪する『偽りの呪文』を繰り返し、日本人をゾンビ化させている」とSNSに投稿したと報じられています。
- 平和宣言の実際: 2026年の平和宣言がロシアに触れたのは、当時9歳で被爆した男性の証言を紹介する一節で、「多くの一般人が犠牲になっているロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、争いが起きない世界を創るため」という文脈でした。
- 招待をめぐる経緯: 広島市は2022年のウクライナ侵攻以降、ロシアとベラルーシに招待状を送っておらず、理由として「式典の円滑な挙行」への影響を挙げています。2024年のイスラエル招待では二重基準との批判も出ました。
ロシア外務省報道官は広島市長に何と述べたのか
テレビ朝日系(ANN)が2026年8月6日21時43分に配信した記事などによると、ロシア外務省のザハロワ報道官は同日、広島市の松井一實市長が読み上げた平和宣言についてSNSに投稿し、強い調子で非難したと報じられています。日本国内では、この投稿を伝えるニュースが式典当日の夜に相次いで配信されました。
「偽りの呪文」「日本人をゾンビ化」発言の中身
報道された投稿の要点は二つあります。ひとつは「市長はまたしても苦しみの責任が誰にあるのかを忘れ、民間人に原爆を投下したアメリカには言及しなかった」という指摘。もうひとつが、今回とりわけ拡散した「広島市長は毎年、ロシアを嫌悪する『偽りの呪文』を繰り返し、日本人をゾンビ化させている」という表現です。
ここで押さえておきたいのは、これらがあくまで「ロシア政府の報道官がそう述べた」と日本の報道機関が伝えている内容だという点です。投稿された媒体の具体名までは、報じた記事には明記されていません。本記事も、報道官の主張の当否そのものには踏み込まず、誰が何と述べたかまでを事実として扱います。
報道官が問題にした「アメリカに言及していない」という指摘
報道官の主張の骨格は「ロシアには触れるのに、原爆を落としたアメリカには触れないのは不公平だ」というものです。では、その前提となっている2026年の平和宣言は、実際にどう書かれていたのか。主張と宣言の記述を並べると、争点がどこにあるのかが見えてきます。
| 論点 | ザハロワ報道官の主張(報道による) | 2026年の平和宣言に書かれていたこと |
|---|---|---|
| ロシアへの言及 | 毎年ロシアを嫌悪する「偽りの呪文」を繰り返している | 被爆者証言の紹介として「ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし」と1カ所 |
| アメリカへの言及 | 民間人に原爆を投下したアメリカには言及しなかった | 投下国を名指しする記述は報じられた宣言内容の中には確認できない |
| 宣言の主題 | 苦しみの責任が誰にあるのかを忘れている | 「核兵器の非人道性の軽視は第三のヒロシマ・ナガサキを作り出す」と核の非人道性を主題化 |
| 語り手 | 市長が日本人をゾンビ化させている | 市長個人の主張ではなく、被爆者3人の証言を引用する形式 |
並べてみると、報道官の批判が「宣言全体がロシア非難で組み立てられている」という前提に立っているのに対し、宣言そのものは被爆者の言葉を軸にした構成だったことが分かります。前提の置き方がずれている、という見方は成り立ちます。
Q. ザハロワ報道官の発言は、ロシア政府の公式見解と考えてよいのですか。
A. 報道官はロシア外務省の職にあり、その発言は政府の立場を代弁するものとして扱われるのが通例です。ただし今回報じられているのは記者会見での発表ではなくSNSへの投稿とされており、外交文書のような正式な抗議とは形式が異なります。
では、その平和宣言は実際にどのような文章だったのでしょうか。次に宣言の中身を見ていきます。
松井市長の平和宣言は実際に何を書いていたのか
平和宣言は、広島市長が毎年8月6日の平和記念式典で読み上げる文章です。2026年(令和8年)の宣言は松井一實市長の名で出され、「核兵器の非人道性の軽視は第三のヒロシマ・ナガサキを作り出す」という言葉が全文の柱に据えられていました。
ロシアに触れたのは被爆者証言を紹介した一節
報じられた宣言の内容によれば、ロシアという国名が出てくるのは、当時9歳で被爆した男性の思いを紹介する部分です。「多くの一般人が犠牲になっているロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、争いが起きない世界を創るため」という文脈で、この男性は若い世代に向けて「争いの心を乗り越え、相手の考えを受け入れる気持ちを持ってほしい」と呼びかけたと紹介されています。
つまり、宣言がロシアに言及したのは、市長自身がロシアを名指しで断罪する文脈ではなく、被爆者が現在の世界を見て何を感じたかを伝える文脈でした。この差は、報道官の批判を評価するうえで小さくありません。
宣言が引用した3人の被爆者の言葉
2026年の宣言は、3人の被爆者の証言を引用しています。当時16歳だった女性は、姉の被爆時の姿を「骸骨のように皮膚が崩れてなくなり、唇のない口から歯がむき出しになっていた」と語りました。当時3歳で被爆した女性は55歳で白血病を発症して原爆症と診断され、「次にどんな病気がくるのかという恐怖と隣り合わせ」の日々を証言しています。そして3人目が、先に触れた当時9歳の男性です。
宣言が読み上げられてから報道官の投稿が伝えられるまでの流れを、時系列で整理します。
式典から反応まで半日ほどしか経っていません。反応の速さそのものが、この宣言がロシア側で注視されていたことをうかがわせます。
Q. 平和宣言は毎年ロシアを名指ししているのですか。
A. 2026年の宣言に関して確認できるのは、被爆者証言の紹介という文脈でウクライナ侵攻に触れた1カ所です。「毎年繰り返している」というのは報道官側の評価であり、宣言の文面から直ちに裏付けられる表現ではありません。
ここで浮かぶのが、そもそもロシアはこの式典に招かれていたのか、という疑問です。
なぜロシアは広島の式典に招かれていないのか
今回の非難を理解するには、ロシアが数年にわたり式典に招待されていないという前提を押さえる必要があります。この経緯自体が、ロシア側の不満の下地になっているとみられます。
広島市が挙げる理由は「式典の円滑な挙行」
広島市は、2022年に始まったウクライナ侵攻を理由に、ロシアと、ロシアを支援するベラルーシに招待状を送っていません。市はその理由として、紛争当事国かどうかという基準ではなく「式典の円滑な挙行」に影響が及ぶ可能性を挙げてきました。招待方針をめぐる各国への対応を整理すると、次のようになります。
| 国・地域 | 招待状の扱い | 広島市が示してきた説明 |
|---|---|---|
| ロシア | 2022年のウクライナ侵攻以降、送っていない | 「式典の円滑な挙行のために招待しない」 |
| ベラルーシ | ロシアを支援する立場として同様に送っていない | 同上 |
| イスラエル | 2024年は招待した | 「ダブルスタンダードではない」「全ての国を招待するのが方針で、ロシアとベラルーシは侵攻を理由に例外とした」 |
| その他の国・地域 | 原則として招待 | 全ての国を招待するのが市の方針 |
この整理で分かるのは、広島市が「侵攻をしたから排除する」とは説明していない点です。あくまで式典運営上の判断という立て付けを取っています。
イスラエル招待で起きた「二重基準」論争
この立て付けは、2024年に大きく問われました。ガザでの軍事作戦が続くなかで広島市がイスラエルを招待する方針を示したことに対し、被爆者団体などから「ロシアとベラルーシが2年続けて招かれていないのに、イスラエルは招くのか」という批判が出たためです。市の広報担当は当時、CNNの取材に「これはダブルスタンダードではない」と強調し、全ての国を招待するのが方針であり、ロシアとベラルーシはウクライナ侵攻を理由とした例外だと説明しました。
(編集部分析)この論争は、平和式典という場が「誰を排除するか」で常に外交的な圧力にさらされることを示しています。式典運営上の判断という説明は、政治的な線引きを避けるための現実的な工夫と評価できる一方、基準が明文化されていない以上、外から二重基準と指摘されれば反論しきれない構造も残ります。広島市という一自治体が国家間の対立の判定役を負わされている状態そのものに、無理があるという見方は成り立ちます。
2026年の式典に参列した国・地域の数
2026年の式典は過去最多の参列規模になったと伝えられていますが、その数字は媒体によって食い違っています。発表時点の違いによるものとみられるため、寄せずに両方を示します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開催 | 2026年8月6日 午前8時から/広島市中区の平和記念公園/81回目の原爆の日 |
| 参列規模(7月9日時点・広島市発表) | 過去最多の127カ国・地域とEUの代表が出席を予定(中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター) |
| 参列規模(8月5日時点の報道) | 過去最多となる123の国・地域とEU代表部が参列する見通し |
| ロシア・中国 | いずれも参列せず |
| アメリカ | 大使の出席は見送り、首席公使が参加 |
| 台湾 | 2年連続で参列予定 |
招かれていない国が、招かれている国の代表が居並ぶ式典の宣言文に反応する。今回の一件は、この非対称な構図の上で起きています。
この非難から日本は何を読み取るべきか
ここからは、確認できた事実を踏まえた編集部の見方です。事実の記述と評価を分けて読んでいただくため、見解には(編集部分析)のラベルを付けます。
「加害の責任は誰にあるか」へ争点をずらす構図
(編集部分析)今回の投稿でロシア側が持ち出したのは、ウクライナ侵攻の是非ではなく「原爆を落としたのはアメリカだ」という論点でした。この転換が誰に得をもたらすかを考えると、構図は分かりやすくなります。侵攻の当事者としての責任を問われる場面で、日米の間にある歴史問題に話題を移せば、批判の矛先は分散します。日本の世論に対して「あなた方が本当に怒るべき相手は別にいる」と語りかける形にもなっています。
(編集部分析)ただし、これをもってロシア国民全体の意見と受け取るのは適当ではありません。批判の対象はあくまでロシア政府の情報発信の手法であり、国民一人ひとりと同一視すべきではないという線は保つ必要があります。同時に、原爆投下の是非を日本人自身が論じることと、他国の政府が外交上の道具として持ち出すことは、性格がまったく異なります。前者は日本の主権に属する議論であり、後者に主導権を渡すべきではないと評価できます。
核をめぐる議論を日本自身の言葉で持てているか
(編集部分析)今回のような外部からの揺さぶりに対して強い立場を作るには、核と安全保障をめぐる議論を日本が自分の言葉で持っていることが前提になります。2026年7月には防衛相の発言をきっかけに核をめぐる議論の是非が国内で問われ、8月6日には北朝鮮の弾道ミサイル発射も重なりました。被爆地の願いと、現実の抑止をどう両立させるのか。この問いを避けている間は、外から来る言葉に反応するだけの側に回り続けることになります。
核をめぐる国内の議論がどこまで進んだかは「小泉防衛相「核に触れざるを得ない」発言の波紋と論点」で、式典と同じ8月6日に起きた安全保障上の動きは「【8/6】北朝鮮が弾道ミサイル発射|金与正談話の翌日にEEZ外落下」で整理しています。
今回の一件で、日本の側に立つ論点と、外から持ち込まれた論点を分けて整理すると次のようになります。
・被爆地の願いと現実の抑止をどう両立させるか
・式典に誰を招くかの基準を誰がどう定めるか
・宣言がロシアだけを名指ししたという不公平論
・日本国民が世論操作されているという主張
(編集部分析)左側の問いに自前の答えを積み上げているほど、右側の言葉は効きにくくなります。逆に言えば、被爆地の発信を「毎年の恒例行事」として国内で消費するにとどめている限り、外からの揺さぶりに対して脆いままです。今回の非難は、日本にとって不快な出来事であると同時に、自国の核をめぐる言葉の厚みを点検する機会でもあると評価できます。
ロシア報道官の広島発言に関するよくある質問
本文で触れきれなかった周辺の疑問を、確認できた範囲でまとめます。
Q. ザハロワ報道官とはどのような立場の人物ですか。
A. ロシア外務省の報道官で、政府の見解を対外的に説明する立場にあります。日本の報道では「ロシア外務省報道官」として伝えられています。
Q. 広島市や日本政府はこの発言に反論したのですか。
A. 本記事の執筆時点で、広島市および日本政府の反応として確認できる報道はありません。確認でき次第、追記します。
Q. 平和宣言の全文はどこで読めますか。
A. 広島市の公式サイトで毎年の平和宣言が公開されており、式典当日には報道各社も全文を配信しています。本記事の引用も、その報道された全文に基づいています。
新たな事実が確認できた段階で、本文を更新します。
参考情報
- テレビ朝日系(ANN)/KSB瀬戸内海放送「ロシア外務省報道官『広島市長は「偽りの呪文」繰り返している』 平和宣言を非難」(2026年8月6日)
- テレビ新広島「【全文】平和宣言『核兵器の非人道性の軽視は第三のヒロシマ・ナガサキを作り出す』広島市松井一實市長」(2026年8月6日)
- 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター「8・6式典に127カ国・地域 広島市発表 過去最多の出席へ」(2026年7月9日)
- CNN.co.jp「広島平和式典にイスラエル招待、『二重基準』の批判も ロシアとベラルーシは招かず」(2024年7月22日)
- 8and.jp「8月6日の広島平和記念式典に123の国・地域とEUが参列へ。過去最多で迎える81回目の原爆の日」(2026年8月5日)
