ベトナム政府が、契約を終えた後に外国へ違法に残留した自国の労働者へ罰金を科す政令を公布しました。政令283/2026/NĐ-CPは2026年7月15日に公布され、9月10日から施行されます。罰金額は8000万〜1億ドン、日本円でおおむね48万〜60万円です。日本の不法残留者は国籍別でベトナムが最も多く、この政令は送り出し国の側から日本の失踪問題に手を入れる動きにあたります。
この記事でわかること
- 罰せられるのは労働者本人だけではありません: 契約終了後に自ら違法残留した労働者に8000万〜1億ドン、違法な募集や残留の勧誘をした事業者にも同額、許可の範囲外で営業した支店などには最高2億ドンの罰金が定められています。
- 時効が1年から2年に延びました: 海外就労分野の行政処罰の時効だけ2年に延長され、帰国後に処分できる期間が広がりました。
- 日本側の数字は減少傾向です: 令和8年1月1日現在の不法残留者は6万8488人で前年より8.5%減り、ベトナムは1万1601人と最多ながら2695人減っています。
ベトナム政府は海外の不法残留に何を決めたのか
契約終了後に正当な理由なく外国へ違法残留した自国民へ罰金を科す政令を、7月15日に公布しました。
対象は労働・社会保険と、契約に基づいて海外で働くベトナム人労働者の分野です。
政令283/2026/NĐ-CPは全6章68条で構成され、施行日は2026年9月10日です。処罰の基本形態は警告または罰金で、違反の性質と程度に応じて、証拠物の没収、業務資格の一時停止、事業活動の停止といった追加処分が加わります。刑事犯罪の兆候が見つかった場合は、処罰機関が捜査機関へ事件を移送する仕組みも定められています。
なぜ送り出し国の側が罰則を強化したのか
海外で働く自国民の違法残留が、送り出し国としての受け入れ枠そのものを細らせるためだとみられます。
日本や韓国は、失踪率の高い地域や職種に対して受け入れの制限をかけてきました。送り出し国にとって海外就労は重要な外貨獲得手段であり、違法残留の多さは次の労働者が働きに出る枠を狭めます。時効を1年から2年へ延ばした点は、帰国後に時間が経ってからでも処分できるようにする設計で、抑止を効かせる意図がうかがえます。
罰金はいくらで、誰が対象になるのか
労働者本人は8000万〜1億ドン、違法な募集や勧誘をした事業者も同額、許可の範囲外の営業には最高2億ドンです。
労働者だけを狙い撃ちにした政令ではありません。
条文で対象になる行為と金額を整理すると次のようになります。
| 対象 | 行為 | 罰金(円は概算) |
|---|---|---|
| 労働者本人 | 労働契約・技能訓練契約の終了後、脅迫や強制によらず自ら違法に外国へ残留した場合(刑事責任を問われる場合を除く) | 8000万〜1億ドン(約48万〜60万円) |
| 事業者・仲介者 | 違法な募集、許可のない金銭の徴収、労働者を違法残留へ強制・勧誘・誘惑・欺罔する行為 | 8000万〜1億ドン(約48万〜60万円) |
| 支店・事業所 | 許可された範囲や期間の外で事業活動を行った場合 | 1億8000万〜2億ドン(約108万〜120万円) |
| 共通 | 違法に徴収した費用の返還と、銀行金利相当の利息の支払い | 是正措置として別途 |
表のとおり、労働者と同じ水準の罰金が仲介する側にも設定されている点がこの政令の特徴です。手数料の名目で高額を徴収し、そのまま借金として労働者に背負わせる構造が失踪の背景にあるという指摘は以前からありました。金銭の返還と利息の支払いまで是正措置に含まれているのは、その構造に踏み込む設計といえます。
Q. 1億ドンはベトナムの給与水準でどのくらいの重さですか。
A. 日本円で約60万円にあたり、ベトナム国内の一般的な月収と比べると年単位の収入規模になります。海外就労で得られる賃金差を考えても軽い金額ではなく、抑止を狙った水準といえます。
処罰の時効が2年に延びた意味
海外就労分野の行政処罰の時効だけが1年から2年に延長され、帰国後に処分できる期間が広がりました。
労働・社会保険の一般分野は1年のままです。
違法残留は、本人が外国にいる間は処分の執行が難しく、帰国して初めて手続きに乗ります。時効が1年では、帰国が遅れるほど処分できないまま期間が過ぎてしまいます。2年への延長は、この抜け道を埋めるための実務的な手当てとみられます。
Xで広がった「強制帰国・再出国禁止」はどこまで確認できるのか
罰金と時効の2年延長は条文で確認できますが、労働者本人への強制帰国と再出国禁止は公表資料で確認できませんでした。
政令が定める追加処分の中身が混同されている可能性があります。
この政令が定める追加処分として公表されているのは、証拠物の没収、業務資格の一時停止、事業活動の停止、そしてベトナム国内で働く外国人労働者の国外追放です。最後の項目は、ベトナムで就労する外国人に対する処分であり、海外にいるベトナム人労働者に向けたものではありません。SNS上の要約では、この国外追放が「海外にいる自国民の強制帰国」として紹介されている例が見られます。
(編集部分析)ここは注意して読むべき部分です。政令の狙いそのものは日本にとって歓迎できる内容ですが、実際の条文より強い内容がSNSで広がると、受け入れ企業が「9月10日以降は違法残留すればベトナムに強制送還される」と誤って理解しかねません。制度の運用は日本の入管手続きの側で動くのであって、他国の政令が日本国内の退去強制を代行するわけではありません。歓迎したい話ほど、条文で確認できた範囲と、まだ確認できていない範囲を分けて扱う必要があります。
日本の不法残留はいま何人で、ベトナムはどこにいるのか
令和8年1月1日現在の不法残留者は6万8488人で、ベトナムが1万1601人と国籍別で最も多い状態です。
ただし全体もベトナムも前年から減っています。
出入国在留管理庁の公表値を整理します。
| 国籍 | 不法残留者数(令和8年1月1日現在) | 前年からの増減 |
|---|---|---|
| ベトナム | 11,601人 | -2,695人 |
| タイ | 10,907人 | -430人 |
| 韓国 | 10,020人 | -580人 |
| 中国 | 5,827人 | -738人 |
| フィリピン | 4,393人 | -291人 |
| 総数 | 68,488人 | -6,375人(8.5%減) |
在留資格別では短期滞在が4万1607人で最も多く、技能実習が9323人、特定活動が7306人と続きます。技能実習は前年から2181人減っており、減少幅は資格別で最大です。
失踪の統計はどう推移してきたのか
技能実習生の失踪者は令和5年時点でベトナムが5481人と最多で、全体の56.2%を占めていました。
その後、不法残留の実数は減少に転じています。
出入国在留管理庁が2024年12月に公表した資料では、令和元年から令和5年までの5年間の失踪者は合計4万607人にのぼり、そのうち令和6年7月時点で所在が分からないままの人が9976人いるとされています。失踪の背景としては、来日前に支払った手数料が借金として残ること、実習先を自分の意思で変えられない制度だったことが、繰り返し指摘されてきました。
この政令で日本の失踪は減るのか
送り出し国の側から抑止が加わる意味は大きい一方、失踪の主因は日本側の制度にあるため、これだけで解決する話ではありません。
罰は帰国後にしか効きません。
失踪が起きるまでの流れを整理すると、罰金が効く場所と効かない場所がはっきりします。
失踪が起きるまでの流れと、新政令が効く位置
① 出国前
仲介手数料を借金で支払う。新政令は違法徴収と勧誘を罰する
② 就労中
賃金差と職場を変えられない制度。ここに新政令は届かない
③ 失踪
日本の入管手続きの領域。他国の政令は直接には及ばない
④ 帰国後
罰金と2年の時効。ここが新政令の主戦場
→ 効くのは①と④。②と③は日本側の制度で決まる
図のとおり、新政令が直接に手を入れられるのは出国前の勧誘と帰国後の処分です。就労中の待遇と失踪時の対応は、日本の制度が決めています。
(編集部分析)誰が得をしてきたのかという視点で見ると、この構造ははっきりしています。低い賃金で働き手を確保したい受け入れ側と、手数料を取る仲介業者の双方に利益が出る一方で、負担は労働者と、失踪後の治安と行政コストを引き受ける地域社会に回ってきました。送り出し国が仲介業者に罰金を科す方向へ動いたことは前向きに評価できます。ただし日本側が、誰を何人受け入れ、どんな条件で働いてもらうのかを自分で決められる状態にしない限り、抑止の効果は限定的です。外国人材の受け入れは、人手不足という現場の事情だけでなく、地域社会が引き受けられる規模かどうかという物差しで測る必要があります。受け入れ政策そのものの現在地は「小野田紀美は外国人受け入れを推進していない|企業献金批判が飛び火した2026年8月、決まった政策を並べる」で整理しました。在留資格の費用面の動きは「【7/25】永住許可の手数料が20万円へ|帰化は無料のままという歪み」でも扱っています。
2027年4月の育成就労制度で何が変わるのか
技能実習制度は2027年4月1日に育成就労制度へ移行し、同一機関で1〜2年働いた後の転籍が原則として認められます。
失踪の主因とされてきた「職場を変えられない」構造に手が入ります。
2024年6月に成立した法改正によるもので、施行後は約3年間の移行期間が設けられ、技能実習と育成就労が併存します。育成就労では3年の期間を終えて技能と日本語の水準を満たせば特定技能1号へ移行できる道筋も定められました。ベトナム側の罰則強化と日本側の制度改正が、2026年から2027年にかけて相次いで動く形になります。
受け入れ企業が9月10日までに確認すること
施行までに確認すべきは、契約終了後の帰国手続きの説明と、送り出し機関の徴収実態の2点です。
罰則の対象は日本にいる間の行動ではなく、契約終了後の選択です。
実務として押さえておきたい点を挙げます。
- 帰国の説明を前倒しする: 契約終了後に正当な理由なく残ることが本国で罰金の対象になると、施行前に本人へ伝えておく必要があります。9月10日以降に契約を終える人が対象になります。
- 送り出し機関の徴収額を確認する: 違法な金銭徴収は本国で罰金と返還の対象です。取引先の送り出し機関がどの名目でいくら徴収しているかを、いま把握しておくべきです。
- 強制帰国の誤解を持ち込まない: 労働者本人への強制帰国や再出国禁止は公表資料で確認できていません。確認できていないことを説明に混ぜないことが、後のトラブルを防ぎます。
- 2027年4月の移行準備と並行させる: 育成就労への移行で転籍の扱いが変わります。今回の政令対応と切り離さず、同じ時期の課題として整理すると手戻りが減ります。
Q. すでに日本にいる技能実習生も対象になりますか。
A. 政令は9月10日から施行されます。対象となるのは契約が終了した後に正当な理由なく違法残留する行為であり、施行後に生じた行為が処分の対象になると読むのが自然です。個別の適用はベトナム側の運用によるため、送り出し機関を通じた確認が確実です。
ベトナムの新政令をめぐるよくある質問
条文と報道だけでは分かりにくい点をまとめました。
Q. 罰金はどこで、どうやって徴収されるのですか。
A. 行政処罰であるため、ベトナム国内の権限を持つ機関が処分を行います。海外にいる間は執行が難しく、帰国後の手続きが中心になるとみられます。時効が2年に延長されたのは、この執行の遅れに対応するためと考えられます。
Q. 脅迫や強制で残らざるを得なかった場合はどうなりますか。
A. 条文は「脅迫や強制など、いかなる形の強要によるものでない場合」に罰金を科すと定めています。強要された結果として残留した場合は、この規定の対象外と読めます。また刑事責任を問われる場合も、この行政処罰の対象からは外れます。
Q. 日本の不法残留者はなぜ減っているのですか。
A. 公表値は令和8年1月1日現在で6万8488人と前年から8.5%減っており、在留資格別では技能実習が2181人減と最大の減少幅です。入管当局の摘発や在留管理の運用に加え、送り出し国側の対応も背景にあるとみられますが、当局は減少の要因を特定して説明していません。
送り出し国が罰則を整え、日本が制度を改める。2026年から2027年は、その両方が同時に動く期間になります。
参考情報
- ベトナム政府官報「Nghị định số 283/2026/NĐ-CP」(2026年7月15日公布・9月10日施行)
- LuatVietnam「Điểm mới Nghị định 283/2026/NĐ-CP về xử phạt vi phạm hành chính lao động, bảo hiểm」
- CafeBiz「Từ 10/9, lao động Việt Nam ở nước ngoài có thể bị phạt tiền lên đến 100 triệu đồng nếu vi phạm điều sau」(2026年8月19日配信)
- 出入国在留管理庁「本邦における不法残留者数について(令和8年1月1日現在)」
- 出入国在留管理庁「技能実習生の失踪者数等について」(2024年12月公表)
- 出入国在留管理庁「育成就労制度の施行に向けた手続」(2027年4月1日施行)

